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道具はリサイクル店で探した 履正社・軟式野球部復活の道のり - 毎日新聞

初めての試合を前に、整列のため駆け出す履正社高軟式野球部の選手たち。ユニホームが間に合わず練習着だった=東大阪市の金岡公園野球場で2024年4月14日午前11時2分、中田博維撮影 拡大
初めての試合を前に、整列のため駆け出す履正社高軟式野球部の選手たち。ユニホームが間に合わず練習着だった=東大阪市の金岡公園野球場で2024年4月14日午前11時2分、中田博維撮影

 履正社高(大阪府豊中市)の軟式野球部が今春、18年ぶりに復活した。大阪福島商だった1973年から5年連続で全国大会に出場した強豪も、部員不足などを理由に2006年を最後に休部していた。府高校野球連盟に再加盟後、初めての試合となった春季近畿地区大会府予選は初戦で敗れたが、グラウンドを一生懸命に駆け回った選手たちは「野球は楽しい。監督に早く勝利をプレゼントしたい」と気持ちを新たに練習に励んでいる。【中田博維】

 4月14日に東大阪市の金岡公園野球場であった東百舌鳥(もず)高(堺市)との府予選1回戦。復活後初めての公式戦は、ユニホームが間に合わず例外的に純白の練習着姿。対外試合も初めてで試合前から緊張感が伝わってきた。「元気だけは負けるな」と原口祐起監督(38)から送り出されたものの、主将でエースの鈴木耀介投手(3年)の制球が立ち上がりから定まらない。与四球に失策やバッテリーミスが重なり一回表に3点を失い、二回も追加点を奪われた。

選手たちに指示を出す履正社高軟式野球部の原口祐起監督=大阪府豊中市の服部緑地軟式野球場で2024年4月18日午後4時29分、中田博維撮影 拡大
選手たちに指示を出す履正社高軟式野球部の原口祐起監督=大阪府豊中市の服部緑地軟式野球場で2024年4月18日午後4時29分、中田博維撮影

 走者を許しながら何とか0点でしのいだ三回。ベンチに戻ってきたナインを「初の無失点、おめでとう」と原口監督が笑顔で迎え入れると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、その裏に盗塁を絡めて初得点を記録するなど徐々に好プレーも出始めた。最後は1―4で敗れはしたが、「あの子たちがグラウンドに立って一生懸命に声を出してプレーしていた。感動した」と監督を喜ばせた。

きっかけは「野球やろうよ」

 復活のきっかけは2年前にさかのぼる。入学直後の今の3年生に、赴任したばかりの原口監督が野球をやろうよと声をかけると、「(小学3年から続けてきた野球は)高校ではいいかなと思っていたけど、誘われたことで楽しみに変わった」という鈴木主将ら3人が集まった。道具はなく「バットとボールをリサイクルショップに買いに行かせた。1500円のバットを見つけた生徒が『先生、あったよ』と喜んでいた姿が忘れられない」(原口監督)というスタートだった。

 練習場所は学校近くの服部緑地のグラウンドを借りた。「最初はキャッチボールや(子どもがする)三角ベースみたいな形で。遊び半分だった」と監督。学校への同好会設立の打診は練習場所がないなどの理由で一度は見送られたものの、今の2年生4人が加わった昨春に機運が高まり、設立が決まった昨夏には入部希望者がさらに増えて25人ぐらいになった。「試合をしたい」という希望者が多くなったことから同好会から部へと昇格、秋から本格的な活動を始めた。年明けには府高野連に加盟を申請し、受理されている。

 ただ、1年生を除く現在の部員37人の半数近くが野球未経験者で「『打ったらどちらに走るのか』から教えた」(原口監督)。春夏の甲子園に15回出場した硬式野球などの強化クラブと違って活動は週3回で練習時間は90分間と限られている。服部緑地のグラウンドを使えるのも2回だけだが、そこでは実戦経験を積むために紅白戦を重ねている。

 指導する原口監督は紅白戦の途中でもルールを説明したり、身ぶり手ぶりでバットスイングを教えたりと忙しい。それでも「みんなキラキラしている。軟式を好きになってもらえればそれでいい」。最初に集まった3人の一人、森本敦也選手(3年)は空手経験は長いが野球は初めて。「最初に比べたらうまくなってきたかな。(空手と違ってチーム競技で)普段は見られないチームメートの新たな面が発見できて楽しい」

 3年生にとって大会は残り二つ。5月に予定される府の私学大会と7月の選手権大阪大会だ。鈴木主将は「最初のころを考えると(試合しているのは)夢みたい。(初めての試合は)緊張したが、練習してきたことはできていた部分もある。初勝利を先生に見てもらいたい」と言葉に力を込める。次戦は胸に「RISEI」の文字が入った、おなじみのユニホームで臨む予定だ。

少子化…強豪の廃部相次ぐ

 昨年5月末時点の日本高校野球連盟の集計によると、全国の軟式加盟校数は387校で、部員数が7672人。少子化などの影響は避けられず、統計を取り始めた1983年以降、加盟校数は84年の702校、部員数は90年の1万9915人をピークに減少傾向だ。昨年度は、2007年に全国制覇した新見(岡山)や全国大会に4回出場した報徳学園(兵庫)の強豪校が相次いで廃部している。

 昨年の大阪府高野連の加盟校数は33校。10年に38校となり初めて40校を下回ったが、翌年から30校代半ばで推移している。部員不足の学校が連合チームを組むようになったことが大きい。ただ、部員数は88年の1709人から減り始め、昨年5月末で670人と過去最少だった。

 それだけに今回の履正社の再加盟は明るい話題だ。90年に全国大会に出場した西寝屋川も昨年、休部から復帰を果たしており、多田真己・府高野連軟式部委員長は「軟式野球の活性化につながってくれれば」と期待している。

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