撮影:持田薫
「株式会社クラシコム」が誕生したのは2006年9月のこと。代表であり兄である青木耕平(51)が、妹・佐藤友子(48)を誘い、起業した。
青木の資金と、佐藤の家庭の貯金から賄った資本金800万円を携えて、賃貸不動産を取り扱うIT事業をスタート。
ちなみに「クラシコム」という社名はその時に名付けられており、「暮らしにまつわるドットコム」という言葉が由来になっている。
残念ながら不動産業の結果は芳しくなく、早々に事業を撤退。佐藤が働く会社の事務所の一角を間借りさせてもらい、青木は古本のせどりに精を出し始めた。
毎日トランクいっぱいに古本を詰め込みせっせと働いたが、800万円あった創業資金はみるみるうちに減っていき、ついに100万円になった。
「お兄ちゃんに同情する気持ちや、可哀想という気持ちはなかったですね。『私達の感覚や感性に強みがあるならば、生かせる場ができるだろうし、そうなれば現状が変わるよね』と希望を持っていました」
最後の社員旅行から生まれた「北欧、暮らしの道具店」
ストックホルムでの2度目の買い付けの様子。
提供:クラシコム
創業当時、佐藤は青木と同志のような感覚で向き合っていたが、青木の感覚は少し違ったようだ。
共同創業を切り出したことに対して責任を感じていた青木は、せめてもの恩返しと罪滅ぼしのつもりで、残りの資本金を使って「最後の社員旅行」に行くことを提案した。行き先は、佐藤がかねてから好きだと言っていた、北欧・スウェーデンだった。
社員旅行と言っても、現地で何かを仕入れて、せどりすることをイメージしていた2人は、行きの飛行機で「交通費が賄えたらいいね」と話していた。
ところが、だ。佐藤のインテリアに関する知識や、趣味のオークションウォッチなどで磨かれた審美眼が、ストックホルムで開花した。
まだ販路などを全く決めていないにも関わらず、佐藤は、立ち入る店々で迷いなくヴィンテージの食器をセレクトし、買い込む。
「人生で一番、我を忘れて夢中になった瞬間でした。ヴィンテージのアイテムを目にすると、可愛いとか素敵だな、まだ見ぬお客さんが喜んでくれそうだなと思うものが、感覚的に分かったんです」
梱包を待っていられないほどの早さで、楽しそうに買付をする佐藤の姿は、合理主義的で理性的な青木を珍しく興奮させた。
「私が買付をしている姿を見て、兄は『まさか君は、日本で売れるものが分かるのか!』と驚いたようです。私が選んだ食器の日本での需要や価格を調べ、もしかしたらビジネス的な視点でもうまくいくかもしれない、と思っていたようでした」(佐藤)
カードの限度額いっぱいまで買付をした食器は、航空便で輸送され日本に着いた時、半分が割れているアクシデントに見舞われた。しかし無事だった食器は、ネットショップで販売を開始するやいなや、飛ぶように売れていった。
その時、佐藤と青木が立ち上げたネットショップこそ、「北欧、暮らしの道具店」だった。
青木が言い出したことに、佐藤が右脳にある“感覚”で応え、それをまた青木の左脳が支える。クラシコムの役割分担の原型が生まれた瞬間だった。
3年間はとにかく「実用書に忠実に」
ECサイトの運営が初めてだった2人は、実用書から学んだ方法をアレンジせず、とにかく忠実に従ったという(写真はイメージです)。
fizkes / shutterstock
初回の買付と販売に成功し、2回目の買付けも順調に進んだ。
2人に追い風が吹き始めたように見えたが、北欧のヴィンテージ商品を取り扱う業態ならではの「仕入れの問題」は悩みのタネだった。
仕入れのたびに毎回自分たちが北欧に足を運ぶと、莫大なコストと時間を要してしまう。またヴィンテージと呼ばれるアイテムは、年月が経てば経つほど希少性が高まり、仕入れが難しくなることも考えられる。
今後の事業のスケールを考え、佐藤と青木は、自分たちが現地に行かなくても仕入れができるよう、現地にバイヤーネットワークを作り、買い付けたものが売れたら粗利の一定額をバックする仕組みを整えつつ、現行品の取り扱いを開始した。
同時に、仕入れや在庫の管理についての実用書を読み、手探りで社内のものの流れのシステムを作り上げた。元来は2人ともクリエイティブに工夫をこらしたい性分。しかし「まずは3年、本に書かれた内容に沿ってやってみよう」と、基本に忠実な姿勢を貫いた結果、2010年には月商1000万円に到達した。
愛用コメントで購入率が3倍に
(写真はイメージです)
撮影:今村拓馬
堅調にビジネスをスケールさせた2010年、佐藤は産休・育休に入った。
大きなお腹を抱えた産休中も、出産を終えた育休中も、佐藤の頭の中には「北欧、暮らしの道具店」があった。
「サイトが常に動いている感じ」を演出したかった佐藤は、産休中にふと、商品に愛用コメントをつけることを思いつく。出産後は、子どもを寝かしつけてそっと寝室から抜け出し、商品を1日5個ずつピックアップし、日常で愛用している様子の写真を撮り、せっせとコメントを付けた。
青木は当初「効率が悪いから」という理由で導入に反対したが、3倍にも跳ね上がった購入率を見て、手の平を返さざるを得なかった。
このささやかな工夫による成功体験を皮切りに、「北欧、暮らしの道具店」はコンテンツを充実させるメディア化の方向に舵を切り始める。
好意と敬意がブランド力を生む
podcast『チャポンと行こう!』の2022年の公開収録の様子。
提供:クラシコム
現在「北欧、暮らしの道具店」が手掛けるコンテンツは、SNSやYouTubeやpodcast、サイト内の読み物まで多岐にわたる。
驚くべきなのは、多様なプラットフォームで一貫された「世界観」だ。例えば読み物をとってもYouTubeをとっても、背伸びしたり気取ったりせず、肩肘は張っていないのに、真ん中にはいつもすっと芯が通っている。だからコンテンツに触れている時間は、いつも心地良い。いつまでも世界観に浸っていたくなるし、その世界の中の一人になりたくなる。
佐藤と、同社の社員であり青木の妻でもある「ヨシベさん」がパーソナリティを務めるpodcast番組『チャポンと行こう!』の2022年の公開収録では、300人の招待枠に1600人を超える応募があり、1万人もの視聴者がweb配信を閲覧したことからも、コンテンツの根強い人気が伺える。
もちろん、ファンを魅了して止まないコンテンツは、一朝一夕にできたわけではない。
多くの企業が羨んでいるであろう「ブランド力」を生む秘訣を、佐藤はこう語る。
「ここに来たい、ここに居続けたいと思ってもらうためには、好意と敬意の2つが必要だと考えています。好意を持ってもらうためには、『共感』が必要です。
一方で敬意を醸成するのは、『これ以上ないくらいまで考えを尽くすこと』だと思うのです」
マザーハウス山口絵理子が驚いた着眼点
マザーハウスの山口絵理子(左)と佐藤は、この春、1枚のブラウスを作り上げた。二人が着用しているトップスがその新作だ。
提供:クラシコム
佐藤は、コンテンツづくりにも、ものづくりにもそのスタイルを貫く。
マザーハウス代表の山口絵理子は、コラボアイテムとして佐藤と共に1枚のブラウスを作り上げた経験をこう振り返る。
「佐藤さんは着脱のしやすさをとても大事にしていました。出来上がったサンプルの試着会をしたときも、さまざまな体型のスタッフに試着してもらい、どれだけスムーズに脱ぎ着できているかを、つぶさに観察していました。
私はデザイナーとしてシルエットなどの美しさに気を遣う瞬間が多いけれど、佐藤さんはお客様が生活の中で商品を使うシーンをとても強く意識されていることを実感しました」
アパレルを作る時は「お客様が朝クローゼットから服を取り出して、着用し一日を過ごして、脱ぐ」ところまで想像する。これが佐藤なりの「敬意」であり、顧客の心を掴んで離さない理由なのかもしれない。
最終回では、常にゼロからの挑戦を繰り返してきた佐藤に、「クラシコム流リスキリングのコツ」を聞いた。
(敬称略、第4回に続く)
(文・市川みさき、写真・持田薫)
市川みさき:2014年に株式会社ZOZOUSED(現:ZOZO)に入社。2022年に退社し、フリーランスライターに転身。現在は、BtoC領域の企業へのインタビューなどを行う。
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