人形が芝居をする文楽では、小道具も人形に合わせて作られる。人間が使うものと比べると、大きさは三分の二くらい。人形用の楽器もある。
たとえば「奥州安達原(おうしゅうあだちがはら) 袖萩祭文(そではぎさいもん)の段」では、人形が三味線を抱えて弾く場面がある。人間の場合は、膝の上に四角い胴をのせて右腕でぐいっと押さえ込み、棹(さお)がぴしっと上がるようにして構える。
人形が同じようにするには、ちょっと工夫が必要。ここに小道具の秘密があった。
小道具を担当して十年になる佐藤未紗さんに、国立文楽劇場(大阪市中央区)で話を聞いた。
「奥州安達原」は、都の勢力に滅ぼされた安倍一族が、奥州に独立国家樹立をもくろむというお話。筋が複雑に展開していくが、その見どころのひとつが「袖萩祭文の段」。袖萩は女性の名前で、三味線を弾く名場面がある。シチュエーションは、こんな感じ。
冷たい雪が降る寒空の屋外。零落し盲目となった袖萩が、地べたに粗末なゴザを敷いて座り、憐(あわ)れな身の上、親不孝を詫(わ)びる心情を弾き語っていく…。
この場面で使う三味線は、袖萩の生活状況を反映して、くたびれた雰囲気に作られている。人間用の三味線の長さは百センチくらいだが、この三味線は七十三センチ。よく見ると、糸巻(いとまき)のそばに人間の三味線にはない小さな棒がついている。
「人形遣いがこの棒を持って陰から支えているんです。この持ち手は、差金(さしがね)と呼んでいます」
「陰で人をあやつる」という意味の差金は、文楽由来の言葉として知られている。人形にだけでなく、この三味線のように小道具でも差金がつくものがあるのだ。
三味線を弾くところでは、人形の左手を担当する「左遣い」と呼ばれる人(黒い頭巾をかぶって顔は見えない)が、人形の左手を動かして三味線の糸を押さえる動きをさせながら、あの差金を握って、三味線の棹(さお)をいい格好になるようにキープしているというわけだ。
ところで、小道具のなかには、小さく作られていないものもある。たとえば、扇や箸。これらは、人形遣いが直接手で持つ道具なので、小さいと持ちにくくなってしまう。「奥州安達原」に出てくる火鉢に突っ込んである火箸も人間サイズだった。
小さいものもあれば、そうでないものもある。でも、違和感がなく見られているというのが、ちょっと不思議でおもしろい。(伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)
◆公演情報
初代国立劇場さよなら公演「令和4年9月文楽公演」
九月三〜二十日(八日休演)、国立小劇場(東京都千代田区)。「碁太平記白石噺(ごたいへいきしらいしばなし)」「寿柱立万歳(ことぶきはしらだてまんざい)」「奥州安達原」。十四日から予約開始。国立劇場チケットセンター=(電)0570・079900。ネット予約は「国立劇場チケットセンター」から。
◆取材後記
「介錯(かいしゃく)」という言葉。私は、切腹を思い浮かべてしまって、ちょっと怖いイメージがある。でも、伝統芸能の世界では、日常語として使っていて、ときどき出くわす。文楽では、人形遣いに小道具を渡したり、片付けたりして手伝うことを「介錯」という。これは若い人形遣いの仕事で、しゃがんだ体勢で行ったり来たりしているという。人形遣いの足元を隠す手摺(てすり)から、たまにちらっと見える黒い頭巾の主がそれ。彼らにも、エールを送りたい。(田村民子)
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