手の萎えて箸が持てねば新しくホークに替えて生きゆかむとす
山岡響(多磨全生園)
「国立療養所多磨全生園」、その名も「生を全うする」と名付けられた場所がある。1907年に始まる日本の隔離政策は、多磨全生園を含む全国13か所の国立療養所にハンセン病の患者を強制収容し、戦後に行われた治療薬の導入と1996年の隔離政策の廃止を経た現在は、人権回復の場として回復者が住まう場所である。その地に隣接するのが国立ハンセン病資料館であり、常設展や企画展を通して、ハンセン病問題に関する知識や理解を広める活動をしている。
同資料館では、8月31日まで企画展「生活のデザイン」が開催され、療養所に暮らした、あるいは暮らす人々 —戦前の患者から現在の回復者まで− が生きるために必要とし、作ってきた自助具、義肢などの道具の数々を展示している。ハンセン病にかかると、末梢神経障害による知覚神経まひ、運動神経まひ、自律神経まひを起こす可能性があるという。病気が治癒し、回復しても様々な後遺症が残ってしまうこともある。回復者は(場合によっては)傷や炎症、手指の欠損、足の切断、視力障害などの複数の障害を抱えて生きていかなければならない。
冒頭の短歌は回復者の山岡響さんが自分に合った道具を使って生きていこうとする心情を詠んだものだ。
同展では、道具に表れる使い手の固有性や創意工夫を「生活のデザイン」という視点から紹介する。
義足の変遷(義肢の例)
展示は、1911年に患者自らが考案した義足から始まる。素材はブリキと木片。考案したのは、第一区府県立全生病院(現 国立療養所多磨全生園)で両下肢を切断した木村庄吉氏であった。当時、ハンセン病療養所は患者を生涯隔離する目的で設置され、看護職員も少なく患者への生活支援も十分ではなかった。現在のように義肢装具士などの専門の職員もおらず、貧しい医療環境の中、患者たちは自らや他の患者たちが生き抜くために義肢や自助具などの道具を考案し、製作したという。
1950年代後半以降、療養所では義肢工や作業療法士が配置され、患者や回復者に代わって職員が使い手の要望を聞いて義足や自助具を作るようになった。展示では、義足の変遷を見ることができる。ブリキの義足から徐々に見られた変化は、使い手が自分の体を道具に合わせるのではなく、道具をそれぞれの人の体に合わせるということであった。素材は軽いアルミから樹脂という具合に体に一層フィットした形状や機能に発展する一方で、身につける装具としてゼブラ柄を入れるなど使い手の「自分らしい」色や柄の好みが反映されるようになった。バリエーションは使い手の数だけあり、義肢工と使い手の共同開発の賜物である。
日常の行為:道具の数々(自助具の例)
日常の生活に不可欠な行為を人の手を借りずにできるだけ自立して行いたい。そのような使い手の思いから、様々な道具が発明された。
シャツのボタンを止めたりはずしたりするのは、日常の衣服の脱ぎ着には欠かせない。つまむ動作が難しい回復者の人々は、「ボタンかけ」を使う。
運動神経や知覚神経に重いまひがある人々の湯のみには、輪ゴムやウレタンカバーがつけられ、滑り止めの工夫がされている。また、手のひらのやけどを防ぐためには二重に焼かれた相馬焼の湯のみが使用されている。
手に障害がある回復者の人々は、お箸を持つことが困難であった。そこで、個々の回復者のために考案されたのがフォークやスプーンなど食事のための自助具だ。アクリル製の持ち手とフォークやスプーンを接合する部分の角度は、使い手によって全て異なる。以前は、持ち手の素材に配管などに使用される塩化ビニール製のパイプなどが使われていたが、義肢装具士が食事の自助具にそれらを使うことに疑問を持ったという。その結果、カラフルなアクリル製の持ち手が採用された。
トイレでの排泄の際の清拭も自立して行えるように工夫が施された。
両手指の多くを失っていた作者自らが考案した。
娯楽
生命に関わる医療や衛生面の合理性や機能性のみならず、個人の生活には楽しみや趣味嗜好、娯楽も必要不可欠だ。自分ならではの生活、自分らしい生活を確保するための趣味や嗜好、娯楽に応じた道具も義肢装具士と使い手のコラボレーションにより発明される。
カラオケを楽しむためのマイクホルダーは、手に障害を持つ人が片手でマイクを握ることができる道具。
視力障害のある人々にとって、大切な娯楽であるラジオ。操作しやすいようにウレタンや塩化ビニールを使った大きなつまみが施されている。
カセットテープのコーダー付きのラジオは、家族の人の声を録音して何度も聞いたり、カラオケの練習にも使われるという。
両手に障害のある人が喫煙するために作られた道具。使い手の体や喫煙するときの姿勢にぴったり合う絶妙な角度に設定されている。
同資料館の「生活のデザイン」展には、使い手の自立した生活や生命に対する渇望とそれに応えようとする義肢装具士や作業療法士などの専門職員の共同作業がある。そして、命に直結する道具の数々には、使い手その人らしさの分身のような形相が表れている。ふと、私達の周りの日常使っている道具を見るとドキッとする。道具も使い手に似ているのだろうか。使い手の体や姿勢の特徴だけではなく、日常の習慣、嗜好、そして「生きゆかむ」とする決意と覚悟の顔をしている。同展で見ることができるのは、出来るだけ多くの人への汎用性を求めたユニバーサルデザインとは異なる、人の数だけ存在するマルチプルデザインだ。(キュレーター・嘉納礼奈)
企画展「生活のデザイン ハンセン病療養所における自助具、義肢、補装具とその使い手たち」 |
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会場:国立ハンセン病資料館(東京都東村山市青葉町4-1-13) |
会期:2022 年3 月12 日(土)~8月31 日(水) |
休館日:月曜、および祝日の翌日(月曜が祝日の場合は開館) |
開館時間:9時30分~16時30分(入場は16時まで) |
入場料:無料 |
詳しくは、同資料館 |
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