「笙(しょう)の笛は、月の明るい夜に、車などの中で聞こえてくるのがとても素敵ですが、仰々しくて扱いにくそうに見えることです」(池澤夏樹=個人編集「日本文学全集07」の「枕草子」より、酒井順子訳)
平安時代の文学者、清少納言は「枕草子」で、雅楽の楽器、笙についてこう述べている。音色を褒めてはいるが、仰々しくて扱いにくそうとは、一体どういう訳か。
笙の第一人者で、雅楽演奏団体「伶楽舎(れいがくしゃ)」の音楽監督を務める宮田まゆみさんに話を聞いた。
笙は、吹いても吸っても鳴る構造の管楽器で、長さの異なる細い竹を十七本束ねて作られている。両手で包み込み、顔の真ん前に掲げるようにして吹く。
「複雑な構造をしていますし、演奏しているときに顔が見えないから清少納言は仰々しいと感じたのかもしれません(笑)」
「扱いにくそう」の理由は、竹の根元につけられた小さなリードにあるようだった。十七本の竹のうち十五本の根元に金属製のリードが付いている。演奏者が息を吹き込むとこれが振動して音が鳴る仕組みで、理想の音を具現化できるかは、リードのよしあしにかかっている。
まず、よい素材であることが大事。宮田さんのリードの材料は、なんと中国の古い時代の銅鑼(どら)だという。
素材がよくても、そのままではダメで、調律が必要。これが非常にデリケートな作業で「それがうまくできれば、演奏の八割はできたも同然」だという。
調律の道具を見せてもらいながら説明を聞いたが、魔法の実験室のようなお話だった。不思議な色をした孔雀石(くじゃくいし)を、硯(すずり)で墨を磨(す)るように一時間かけて細かい粒子にしてリードに塗る。極小の鉛の粉をおもりとしてリードにのせる、などなど。
それくらいやっておけば、あとは楽かというと、そうではない。リードは、湿度に敏感で、適度に乾燥させておかなくてはならない。笙専用の小型の電熱器で、演奏前に温める。演奏中も息の湿気でリードに露がつくと音色に影響が出るので、ステージ上でも電熱器にあてる。なんと手間のかかる楽器だろう。清少納言がチクリと書きたくなるのもよくわかる。
最後に笙を吹いていただいた。いくつもの音が重なって響く神秘的な和音。過剰とも思える手間もこの音で報われるのだろう。 (伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)
◆公演情報
伶楽舎雅楽コンサート no.39 枕草子を聴く
24日午後6時半、なかのZERO小ホール(東京都中野区)。「枕草子」に登場する雅楽の曲を実際に演奏するユニークな企画。上演頻度が少ない左方舞の「抜頭」など。問い合わせは、東京コンサーツ=(電)03・3200・9755(11〜16時)。
◆取材後記
「枕草子」には「抜頭(ばとう)」という舞楽も出てくる。「髪を振り乱し、目つきも不気味だけど音楽が面白い」と書かれている。「ホントですか?」と宮田さんにたずねると、その通りで、抜頭は楽器だけで演奏しても躍動感があって面白い曲だという。伶楽舎の公演は、いつも親切な解説がつく。初めての人も、きっと楽しめますよ。 (田村民子)
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