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井伊直弼の次女・弥千代の雛道具、一堂に 彦根城博物館で特別公開 - goo.ne.jp

 幕末の彦根藩主で大老を務めた井伊直弼の次女で、波乱の前半生を送った弥千代(1846〜1927)。高松藩松平家に嫁ぐ際の婚礼調度「弥千代の雛(ひな)道具」を中心に、地元の旧家に伝わった雛飾りなどを展示する恒例の特別公開「雛と雛道具」が、滋賀県彦根市金亀町の彦根城博物館で17日から始まる。3月17日まで。

 弥千代は1858年に松平家の頼聡(よりとし)に嫁いだが、2年後の桜田門外の変で直弼が暗殺された。嫁ぎ先に難が及ぶのを恐れ、離縁して嫁入り道具だった雛道具とともに井伊家に戻った。明治維新後、弥千代は再び頼聡に嫁ぎ、添い遂げた。

 直弼は旧暦3月3日、桃の節句に合わせて登城する際に討たれたため、「彦根藩士の家では雛祭りを祝わなくなった」との伝承もあるという。

 今回展示するのは12件。「弥千代の雛道具」は貝合わせの貝殻を入れる貝桶(おけ)、三棚、挟箱(はさみばこ)など多数のミニチュアで構成される調度類。実物の壮麗さがうかがえる。井伊家家紋の橘(たちばな)紋などが描かれ、統一感のある意匠となっている。

 「駕籠(かご)・長柄傘」は、このうちの逸品で、実物の約3分の1の大きさ。駕籠は随所に銀の飾(かざり)金具が施され、内側に花鳥画が描かれている。

 婚礼調度の実物「弥千代の駕籠」(高さ106・5センチ)も展示され、見比べることができる。

 地元旧家に伝わり、寄贈されるなどした品々も。ひときわ目をひくのは、和製ドールハウスと言える「雛御殿飾り」(明治期)。御殿内に男雛と女雛や官女を、御殿周りに随身などを配した。この様式は明治期に広く普及した。

 「古今雛」(明治期〜大正期)は男雛と女雛の一対。公家風の衣装をまとう内裏雛の一種で、目元や口元、髪の生え際などを描き出す柔らかい筆遣いが特徴だ。

 一般500円、小中学生250円。17日午後2時から、奥田晶子学芸員のスライドトークがある。定員50人、当日先着順、スライドトークのみ参加は無料。問い合わせは彦根城博物館(0749・22・6100)。(藤井匠)

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