これまでに、あるようでなかった本かもしれないと思った。『大学教授が、「研究だけ」していると思ったら、大間違いだ!』(イースト・プレス)。昨今の大学の先生が、研究以外のことでいかに大変かということを体験的につづっている。「『不人気学科教授』奮闘記」という副題も付いている。
「雑事」で忙しい
著者の斎藤恭一さんは1953年生まれ。早稲田大学理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修了。東京大学工学部助手、助教授を経て、2019年まで千葉大学工学部教授を務める。現在、早稲田大学理工学術院客員教授。専門は、放射線グラフト重合法による高分子吸着材の開発。
著書に、『道具としての微分方程式 偏微分編』(講談社ブルーバックス)、『数学で学ぶ化学工学11話』(朝倉書店)、『理系プレゼンの五輪書』(みみずく舎)、『理系英語最強リーディング術』(アルク)、共著に、『アブストラクトで学ぶ理系英語 構造図解50』(朝倉書店)、『グラフト重合による吸着材開発の物語』(丸善出版)など多数。
経歴を見れば、早大から東大に行って、のちに千葉大教授。学究者として、きわめて立派な恵まれたコースを歩んだ人だなというのが、普通の受け止め方ではないだろうか。
しかし、本書を読むと、あにはからんや、斎藤さんは「雑事」で忙しい。とてもじゃないが「研究に専念」とはいかなかった。
オープンキャンパスに閑古鳥
その理由を、自身が明かしている。助教授として勤めていた東大工学部の化学工学科は"底が抜けていた"。つまり定員が埋まらない学科だった。大学事情に詳しくない人のために、斎藤さんがもう少し詳しく解説している。東大では、大学受験で理科一類、二類に入学した学生が二年の秋に行きたい学科を決める。"底が抜ける"とは、第一志望の学生が少なく、定員が埋まらないことだ。要するに不人気学科だった。読者はここで、東大にも不人気学科というのがあり、先生はやや肩身の狭い思いをしていたのではないかと、知る。
その後、教授として転任した千葉大でも類似の苦労を味わう。夏休みに高校生向けに大学を紹介するオープンキャンパスというのが開催される。多くの高校生が集まる学科は人気学科。残念ながら斎藤さんの学科、機能材料工学科の見学希望者はたった3人。隣の建築学科には約150人が集まっていた。
学問には流行や廃りがある。特に理系はその傾向が著しい。自分の学科に学生が来ないようでは、学科の継続が難しくなる。研究も続けられない。
助教授や教授の仕事は大別して4つに分けられるという。「研究」「教育」「広報活動」「管理運営」。斎藤さんの場合、45歳ぐらいまでは「研究」「教育」が中心で、その後、「広報活動」「管理運営」の仕事が加わった。
学科に多くの学生を集めて教育・研究する。そのためには予算をぶんどってくる能力も要求される。国だけでなく、企業にも関心を持たれるために、広報活動は重要だ。管理運営は学内にとどまらず、学会の仕事もある。どこまでが本業で、どこからが余分の仕事なのか。
昔はもっとラクだった
本書は以下の構成。
序 章 「大学崩壊」と嘆いても始まらない 第一章 未来ある高校生に必死でPR 第二章 市民にも「理科」に馴染んでもらおう 第三章 「学生指導」はテンヤワンヤ 第四章 大学という「組織」の経営は悲喜こもごも 終 章 「研究」は一人では成し遂げられない
「いまどき大学教授ボサッとしていられない!」「『大学の危機』を憂いている時間はない」「何もしなかったら受験生は増えませんから」「研究資金は死ぬ気で確保せねば!」など、斎藤さんの東奔西走の様子がつづられる。
高校や予備校に出かけては、学科、学部、ひいては大学の魅力をPRするために「模擬講義」を行う。何とかして学生を集めようと、千葉大に在職した25年間に、高校や予備校を約120回も回ったという。一回の訪問で平均80人の生徒や保護者に出会った。
やっとかき集めた新入生や学部生を、合宿や工場見学に引率して盛り上げる。大学組織、研究室の運営を円滑に進めるためには、重荷であっても役職に就き、ゼミ生の論文を添削指導する。研究費の確保、研究の実用化を目指して、科研費を申請し、産学連携に務める・・・。
千葉大学は旧制の千葉医科大学が母体。戦後の国立大だが、首都圏にある。田舎の国立大とは違う。確か旧一期校の伝統を持つはずだ。にもかかわらず、この大変さ。昔は広報活動などしなくても、学生が集まっていたという。本書でも書いているが、国立大と私立大の授業料の差が縮まったことも一因だろう。かつて国立大は授業料が安い、というのが最大の売りだったが、それが薄れてしまった。
研究費については国の方針転換が大きいようだ。40年前なら文部省はそれなりの額を大学に支給していたという。しかし、現在は、国立大学は法人となり、「経営努力」が要求される。文科省からの運営費交付金は年々減っているという。大学の数が増えすぎたことも一因かもしれない。必然的に分配が減る。奪い合いになる。
「教育にお金をかけない国」
そういえば、加谷珪一さんの『貧乏国ニッポン――ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)によると、教育に対する公的支出のGDP比率は、日本は主要43国の中で40位。日本の大学における学生1人当たりの教育費は米国の3分の2にとどまる。一般会計における文教費の割合は、1960年代は12%近くあったが、現在は4%近くに低下している。子どもの数の減少を考えても、「教育にお金をかけない国」になっていると、加谷さんは指摘していた。
本書は、そうした総論ではなく、とにかく厳しい現状の中で、知名度の高い大学の教授といえども、研究以外のことで汗をかかねばならない現状を報告している。先の『貧乏国ニッポン』をはじめ、大学教育に関する本では必ず、日本の国際的な論文数の低迷が指摘されている。本書を読むと、日本の大学が崩壊しつつあり、大学の先生をダメにしている現状がよくわかる。千葉大よりもランクの低い大学の先生は、学生の就職先の開拓で苦労する、という話も聞いたことがある。
J-CASTニュースでは、有名なジャーナリスト外岡秀俊氏による「コロナ 21世紀の問い」を連載している。その4回目で、外岡氏は、欧米の大学はコロナについて独自に、多彩な分析や論文を国内外にどんどん発信し、社会的な存在感があるが、今回、日本の大学からは「社会に向けた発信があまり見受けられない」ことを指摘していた。本書で記すような日本の大学の劣化の影響は、結局、国民にも及び、日本自体の劣化につながっている。
BOOKウォッチでは大学関連で、『大学改革の迷走』 (ちくま新書)、『大学はもう死んでいる? トップユニバーシティーからの問題提起』(集英社新書)、『海外で研究者になる――就活と仕事事情』(中公新書)、『科学立国の危機』(東洋経済新報社)、『京大的アホがなぜ必要か――カオスな世界の生存戦略』(集英社新書)など、千葉大関連で『カフェパウゼで法学を――対話で見つける<学び方>』(弘文堂)、『「地方国立大学」の時代』 (中公新書ラクレ)なども紹介済みだ。
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June 15, 2020 at 04:53AM
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