本郷キャンパスには、多くの観光客が訪れる。大学は社会に開かれた場所であるべきという声がある一方で、過度な観光客の増加は弊害を生みかねない。当事者である学生にアンケートを実施した他、観光学の専門家2人に話を聞いた。
(取材・大西健太郎)
中国では人気の大学訪問
赤門前に止められた大型バスからぞろぞろと降りてくる団体客。イチョウ並木や安田講堂の前では、多くの観光客がカメラに向かってポーズを取る。本郷キャンパスを歩いていると、日常的に見られる光景だ。
こうした現状を学生はどう感じているのだろうか。本紙が独自に行ったアンケート(図)によると「本郷キャンパスを訪れる観光客は多いと感じる」との質問に対し、全回答者77人のうち1人を除く76人(98.7%)が「はい」と回答。また「観光客の増加による騒音・混雑などによって、授業や構内の移動などに支障があったと感じる」との問いに対しては「はい」と答えた人が32.5%に上った。「はい」と答えた学生に具体的な支障の内容について聞くと「観光客の撮影した写真に自分が写り込まないか心配」「食堂の混雑悪化」「通行の妨げ」「授業中に騒音が聞こえてくる」などの声が上がった。
同様の事態は海外の大学でも見られる。中国の大学観光に詳しい牛夢沈学芸員(上海大学博物館)によると、中国では日本以上に大学における観光が盛んだという。「中国では、生活水準の向上や観光業の発達、大学自体の発展などを背景に、1990年代から大学観光が広く行われるようになりました」。牛さんは中国で大学が観光地として人気である理由について、自然や建築といった観光資源が豊富なことに加え、人々が大学に対して強く尊敬の念を抱いていることを挙げる。「中国では隋代に科挙が導入されて以降、勉学を重視する姿勢が社会の全ての階層に浸透しているのです」。本郷キャンパスにも、多くの中国人観光客の姿が見られる。彼らに本郷キャンパスを訪れた理由を聞くと「日本の一流大学の雰囲気を感じるため」「子どもの勉強に対する意欲を喚起させるため」といった回答が多く得られた。
「中国の一部の大学でも観光客が過剰に訪れるようになった結果、騒音や混雑といった問題が生じ、学内からは観光客に対する不満が噴出しています」と牛さん。こうした状況を受け、武漢大学、廈門(アモイ)大学、北京大学など観光客に人気の大学では、それぞれ観光客の入構を制限している。例えば北京大学では、学期中の平日は学生や教職員が同伴する場合を除いて一般客の入構を禁止しており、土日や長期休暇中は事前にネット予約をした場合のみ見学を許可している。
入構制限以外の方法を採っている大学もある。台湾大学で観光客向けに配られているキャンパスマップでは、博物館や植物園の位置が強調して描かれているのに対し、講義や研究で使用する建物は目立たないよう白く塗られている。「学内者と観光客の動線が交わらないようにしているのだと思います」
価値を生かす「東大観光」を
本郷キャンパスではどのような対策が採られているのか。本郷キャンパスの学内警備を担当する本部総務課は、取材に対し「静謐(せいひつ)な教育研究環境の保持の観点から、観光客が集中する時期には、バスの移動を促すことや警備員による注意喚起を必要に応じて行っている」と回答した。赤門・正門には、昨年8月に見学の際の注意事項を記載した看板を設置。今年1月からは、同じく注意事項を記載したビラを団体客に配布する他、見学登録団体に対して、付近にバスを駐停車しないようメールで呼び掛けているという。本部総務課は「今後も必要に応じて引き続き対応を検討していく」と述べた。生協を管轄する本部奨学厚生課は、すでに全ての食堂で平日繁忙時間帯の学内関係者以外の利用制限を実施。加えて、学内の研究室と協力し、利用者の混雑緩和に向けた調査を行っているという。
一方「大学本部のみならず、学生や教員の視点も取り込むことが必要」と語るのは、観光とまちづくりが専門の西川亮助教(立教大学)。観光対策を大学任せにするのではなく、学生も積極的に関わっていくべきだと主張する。「観光地にありがちなのが、何か問題が起きると、とにかく行政に頼ってどうにかしてもらおうとするケース。しかし今の時代は、住民自らが地域の課題について話し合う場を設けるなど、主体的に関わっていく姿勢が求められている」という。これは大学の場合にも当てはまる。
さらに西川助教は、観光客を単に制限するのではなく、大学のさらなる可能性を広げるツールとして観光を考えることの重要性を説く。「学術研究成果など、東大が持つ価値を分かりやすく伝えるような『東大観光』を提供できるようになれば、新たな東大の意義も生まれ、国際認知度や競争力の向上にもつながると思います」
この記事は2020年2月11日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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