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【サーギル博士と歩く東大キャンパス⑥】 駒場Ⅰキャンパス 数理科学研究科棟 - 東京大学新聞社

 我々が日々当たり前のように身を置いている「場」も、そこにあるモノの特性やそれが持つ歴史性などに注目すると、さまざまな意味を持って我々の前に立ち現れてくる。この連載企画では、哲学や歴史学、人類学など幅広い人文学的知見を用いて「場」を解釈する文化地理学者ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)と共に、毎月東大内のさまざまな「場」について考えていこうと思う。第6回は、駒場Ⅰキャンパスの数理科学研究科棟だ。

(取材・円光門)

ジェームズ・サーギル特任准教授(教養学部)14年ロンドン大学大学院博士課程修了。Ph.D.(文化地理学)。ロンドン芸術大学助教授などを経て、17年より現職。

無機質性の背後にある有機性

 駒場Ⅰキャンパスの端に位置する数理科学研究科棟(写真1)は、しばしば「数理病棟」と呼ばれる。確かに、コンクリートがむき出しの無機質な外観や簡素なエントランス(写真2)は「おしゃれに無頓着な数学科の学生」という固定観念と相まって、病院のような印象を与え得るのだろう。だが建物を普段とは異なる視点から見てみれば、別の世界が現れてくる。「文化地理学の視点から考えて、この建物は東大キャンパス内で最も成功した建築物の一つだと思います」とサーギル特任准教授は言う。

(写真1)一見無機質な外観を持つ数理科学研究科棟
(図2)簡素なエントランス

 そもそも文化地理学者に建物のことを語ることはできるのだろうかと疑問に思う人もいるだろう。構造物としての印象や機能性に関しては、もちろんその設計者である建築家が最もうまく語り得るものだ。だが、サーギル特任准教授いわく「建物が空間にいかに適合し、あるいは空間をいかに創り出しているかを考えることは、文化地理学者の仕事でもあるのです」。

 まず建物の中に足を踏み入れると、数理科学研究科棟は予想に反して「病棟」のように人の動きの効率性のみを重視する構造でないことが分かる。傾斜のある地形に沿った造りになっているため、1階と地下の境界線が曖昧になるような廊下があったり(写真3)、一部本館と連結している講堂が外にむき出しであったりするなど、あたかも迷路のような構造が我々に多元的な空間理解を迫るのだ。また、至る所で反復される三角や四角といった幾何学の形状は、簡素で硬直した建物の第一印象とは裏腹に、まるで生き生きとした数学の本質を描くようである。

(写真3)入り組んだ構造を持つ廊下

 「この建物は数学だけでなく周囲の環境とも強い関連性を持っています」とサーギル特任准教授は語る。入り口前に広がる矢内原公園に着目しよう(写真4)。公園の向こう側に見えるガラス張りの駒場図書館と比べれば、数理科学研究科棟は入る者を歓迎するような雰囲気を備えてはいない。だがその間に存在する円形の矢内原公園は、まさに「円形」という周囲のものを調和させる性質を通じて、二つの建物を緩やかに結び付ける。このように数理科学研究科棟はキャンパスの他の施設ともつながりを保っているのだ。

(写真4)研究科棟前の矢内原公園

 「一見無機質に思える緑や茶といった外観の色も、実は矢内原公園の木や土の色と重なり合っているのです」とサーギル特任准教授は指摘する。この建物はあたかも周囲の自然に溶け込み、それと共存しているかのようだ。建物は人間の自然理解を構造物へと変換すると建築学者ノルベルグ=シュルツは述べたが、数理科学研究科棟はまさに周囲の自然と一体化することで、我々の自然理解を反映していると言えよう。

 そもそも、数理科学研究科棟の無機質性はどこから来ているのだろうか。建物の外観は平たんな壁のようであり、キャンパスの限界を示す境界線を思わせる。このことが、建物が人けのないキャンパスの辺境にあることを際立たせているのだろう。だが窓が一定の角度を持って建物上部に斜めに配置され、空からの光がそれぞれの窓によって反射されていることに注目すれば(写真5)、空という無制限なものを反映した建物は、その途端自身も境界線から超越した存在となる。

(写真5)空を反射するガラス窓

 以上のように考えると、我々がこの建物に抱く印象も当初とは異なってくるのではないか。自然の一部としてこの建物を見なしたとき、それは味気ないコンクリートの塊などではなく、探究すべき「場」へと変貌するのだから。


【英訳版】

Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #6 The Mathematics Building, Komaba Campus

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