中央大学、郊外移転のワケ
少子化に伴い、大学間での学生獲得は熾烈(しれつ)を極めています。そのため、1980(昭和55)年前後から押し進められたキャンパスの郊外移転は近年、変革のときを迎えています。東洋大学は2021年に朝霞キャンパス(埼玉県朝霞市)からの学部撤退を表明し、文系学部のほとんどが都内のキャンパスに集約されることとなりました。
都心回帰の動きはMARCH(明治大、青山学院大、立教大、中央大、法政大)の中で唯一、大学本部を郊外に持つ中央大学(八王子市東中野)でも見られます。同大は2018年12月、看板学部である法学部を2023年に都心キャンパスへ移転することを発表しました。
中央大学が八王子にキャンパスを移転したのは、1978(昭和53)年です。その理由は、1960年代から1970年代初頭にかけて盛り上がりを見せた学生運動を遠ざけるためだったと言われています。
私立大学の最古参にあたる中央大学は学生運動が盛んで、当時、講義を行うのもままならない状況でした。そのため、騒ぎとは無縁の新しい場所を求める必要が出てきたのです。
それ以外にも、ベビーブーム世代以降の大学志願者の急増も影響しています。大学側が定員増加で対応しても、既存のキャンパスでは収容が間に合わない状態に。近隣で新たに土地を取得しようにも、都心の土地価格は高騰し、簡単に手が出せません。そこで郊外である八王子に、広々とした大学施設を新築することになったのです。
アクセスの悪い大学は受験生から敬遠される
八王子の多摩キャンパスが開校してから40年以上が経過し、時代背景は当時と異なってきています。少子化の現代、受験生は中央大学が第1志望でない限り、通いやすさを重視して、都心にある早稲田大学や慶応大学、中央大学を除くMARCHの法学部を進学候補としてしまう可能性もあります。
そのような背景から、中央大学は看板学部の法学部を丸の内線「茗荷谷駅」からほど近い文京区大塚1丁目に移転し、優秀な学生の受験増加を狙っているのです。
このような試みは、もちろん他の大学から注目されています。特に文系学部は実験棟や研究室が必要な理系学部とは異なり、大規模施設が必須ではありません。そのため受験者数の増加や優秀層の獲得などといった、大学の思惑は成功する確率が高いと言えます。
中央大学にならい、郊外から都心部への流れが加速するのは自然の流れかもしれません。しかし、都内の私立大学の定員を国主導で増やせない状況下では、やみくもに都心回帰をしても、受験生のニーズに合う学部でなければ意味はありません。
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