柳田国男に「木綿以前の事」という名著があり、それになぞらえ「スマホ以前の事」という小さな展示を企てた。残念ながら会場は県立美術館ではない。神奈川大日本常民文化研究所のミュージアムゆえ、本紙読者の皆さんには遠出をしていただかなければならない。そこまではちょっと、と二の足を踏む方々のために、その構想をお伝えしよう。

略して「常民研[じょうみんけん]」という本研究所には、すでに100年を超える歴史がある。歴史学と民俗学の拠点だ。実業家渋沢敬三(1896~1963年、祖父の渋沢栄一がもうじき1万円札に登場)が、自宅の屋根裏部屋(アチック)に開設した研究所が出発点。それゆえに「アチック・ミューゼアム」を名乗った。戦時下に英語表記の変更を強いられ、柳田が使った「常民」を採用し、「常民研」と称した。貴族や武士や僧侶など、自らの足跡を歴史に刻むことのできる人と異なる、いわば無名の人々、普通の人々の暮らしを明らかにしようとした。
そのために道具に注目する。「民具[みんぐ]」と呼んで、各地の道具を調べ、収集した。道具は手の延長だといわれる。箸や包丁が分かりやすい。必要に応じて道具は増え、道具を得たことで、逆に暮らしが変わる。私たちはどんな道具に囲まれて暮らしているのか、見渡せば発見がたくさんあるはずだ。
問題は「スマホ」と呼ばれる手のひらサイズの道具である。なくしたらもはや生きていけないかもしれない。鉄道や飛行機は人間関係の距離を縮め、スマホはその距離さえ消してしまった。どこからでも見知らぬ人と瞬時につながることができる。そして、たくさんの情報を引き出すことができる。
なるほど便利だが、昔は代わりにどんな道具を用いていたのか、それが目に見えるように、展示ケースの中に「スマホ以前」の道具をぎゅうぎゅうに詰め込んでみようと思い立ったのだ。地図、時刻表、電話帳、カメラ、レコード、計算機、辞書、手帳、新聞、雑誌、マンガ、ゲーム機、旅行ガイド、写真アルバム、財布、クレジットカード、切符、絵はがき、懐中電灯、歩数計などを集めている最中だ(展覧会は今月19日開幕)。
ところが、昔の道具は手に入っても、少し前まで当たり前に使っていたものが案外と見つからない。これを求めて、リサイクルショップを訪ね歩いた。蛇の道は蛇だ。「ガジェット」というカテゴリーで、ちょっと昔の道具が格安で売られていた。黒電話、ラジカセ、ワープロ、ポケベル、さらにはポケベル暗号本まで手に入れ、意気揚々と引き揚げた。
(県立美術館長)
きのした・なおゆき 1954年、浜松市中区出身。東京芸大大学院中退。東京大教授を経て2017年から現職。県立美術館サイトで館長ブログ「ノック無用」を連載中。著書に「わたしの城下町」「股間若衆」「動物園巡礼」など。15年紫綬褒章受章。
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