M1チップはスマホ用チップの進化版なのか?
新しいMacBook Air、13インチMacBook Pro、Mac miniに搭載されたM1チップですが、巷では「(動作が)速い!」と評判です。「アップルがスマホ用CPUに作ったものを流用したから……」なんて解説も見かけますが、筆者としては少し違うイメージを持っています。
もちろん、iPhoneやiPadに搭載されているAシリーズと同じ、ARMアーキテクチャを使用して設計したチップであることや、モバイル用のiOSのアプリが多く動くことから、そうした解説はあながち間違いであるとは言い切れません。ARM社が多くのスマホ用のチップで圧倒的なシェアがあることも確かです。一方で、スマホやタブレットには不要な仮想化機能に対応しているなどの違いもあります。
そのM1チップの秘密、マジシャンらしく言えば「タネとシカケ」について考察する前に、少しだけMacとCPUの興味深い歴史について触れたいと思います。
アップルにとっては3回目、全く異なるCPUへの移行
Macの歴史に詳しい人ならご存知でしょうが、じつはアップルがCPUを大幅に変更するのは、今回に限った話ではありません。1984年から採用していた68000系(モトローラ製)→PowerPC(IBM製、1994年〜)→Intel Core(インテル製、2006年)→M1(ARM設計、2020年)と、3回目。筆者が初めてMacに触れたのが1987年、自分で購入したのが1994年のPowerPC搭載のMacintoshでした。
こうしたCPUの変更は、当時は古い世代と考えられていたアーキテクチャ、CISC(Complex Instruction Set Computer)から当時の新世代と考えられていたRISC(Reduced Instruction Set Computer)への変更、さらにIntel CoreでCISCに戻した後、今回再びM1チップでRISCへ戻すという、大きな移行です。なぜなら、それぞれの互換性もなく、いままでのOSやアプリは当然そのままでは動きません……。
しかし、Appleは、「Rosetta」(PowerPC用のプログラムをインテル用に変換する技術)、ユニバーサルアプリ(CPUに依存しないアプリ)を巧みに使い分け、CPU移行を乗り切ることに2度成功。今回で3回目というわけです。
さらにCPU+チップセットからSoCの採用へ
今回のM1チップで刷新されたのは、それだけではありません。いままでCPUとチップセット(マザーボード)で構成されていた、CPU、メモリ、GPU、I/O(USBなど、入出力インターフェイス)、モデムを一つのチップに統合。CPU内部も高性能コアと高効率コアの非対称コアを採用しました(非対称コアはiPhone 12シリーズのA14 Bionicでも採用)。そうしたさまざまな機能が統合されたチップはSoC(System on a Chip)と呼ばれます。
高性能で省電力の秘密とは
現在、ローコストノートPCやスマホなどに採用されてきたSoCを使いながら、M1チップがアップルの発表だけでなく、多くのユーザーレビューやベンチマークで好成績を出すのは、以下の理由だと筆者は推測しています。
○プロセスルールの微細化、積層化による集積化
プロセスルールとはチップ内部の配線の幅をいいます。数値が小さいほど、チップのサイズを小さくでき、配線の距離が短くなることで高性能化が可能だといわれています。
Appleが発表しているM1チップのプロセスルールは5nm。160億個ものトランジスタが搭載されているそうです。ただし、プロセスルールの数値の形骸化を唱える専門家もいます。
○ニューラルエンジンによる画像処理、音声認識の向上
「ニューラルエンジン(Neural Engine)」はiPhone Xで採用されたA11 Bionicから搭載され始め、今回のM1チップでも採用されています。
アップルはニューラルエンジンについて詳細を公開していませんが、ニューラルという言葉は脳内の神経細胞(ニューロン)を指し、マシンラーニングを手助けするコアであることから、機械学習による画像処理や音声認識の飛躍的な向上に使われていると予想できます。これはむしろ、今後、この機構を活かしたソフトが出てくることが期待できる部分といえるでしょうか。
たとえば、M1チップを搭載したMacBook Airと13インチMacBook Proは、「720p FaceTime HDカメラ」を継続して搭載しています。しかし、アップルはニューラルエンジンを利用することで、ホワイトバランスと露出レベルを(前機種と比較して)より的確に調整できる、とうたっています。
○度重なるCISC→RISC化で過去に引きずられずに高速化できた
インテル向けのアプリケーションは、開発者向けのXcode12で再ビルドするだけでM1でも動くユニバーサルアプリに変換でき、過去のハードやOSと互換性を強引に維持する必要がなくなりました。
ただし、再ビルドされていないインテル向けアプリケーションはM1チップ用「Rosetta2」を介する必要があり、初回アプリ起動時などには遅くなることもあります。もっとも、2回目の起動からは、多くのアプリケーションがそれを感じさせないぐらい「普通に」動作する点は、ASCII.jpに掲載されたレビューなどでも紹介されています。
秘密も多いから、これからの展開が気になる
アップルは、ソフトウェアとハードウェアの両方を自社で設計し、開発しているために、他社よりも制約のないSoCの開発が可能です。Macのためのソフトウェア処理に絞り込んだチップが用意できるという強みが、高性能化につながっているのではないでしょうか。
長年Macを眺めていた方なら、いままでCPUで苦労をしたアップルが、ついに念願の専用CPU(SoC)を手に入れたことを感慨深く思われるかもしれません。もちろん、筆者もその一人です。これで(プラットフォーム、OSという)垂直統合型ビジネスモデルのエコシステムが完成したと同時に、サードパーティにとっても、iPhone、iPad、macOS向けにアプリを開発できることも大きなメリットとなります。
まだまだ秘密に包まれたM1チップ、マジックと同じように「秘すればこそ花」というわけではありませんが、これからの展開がますます気になるところかもしれません。
前田知洋(まえだ ともひろ)
東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。
著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。
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